文学おじさんが選ぶ【おすすめ小説評価】姑獲鳥の夏(京極夏彦)

 

おすすめランク A  

こんな人にオススメ ⇒ 蘊蓄大好き! 妖怪大好き! 最近のミステリーって誰から始まったん? って人

ストーリー 4
構成

3.5

キャラクター 4
作家性(蘊蓄) 5
総合評価   82  

【あらすじ】

この世には不思議なことなど何もないのだよ

――古本屋にして陰陽師(おんみょうじ)が憑物を落とし事件を解きほぐす人気シリーズ第1弾。

東京・雑司ヶ谷(ぞうしがや)の医院に奇怪な噂が流れる。娘は20箇月も身籠ったままで、その夫は密室から失踪したという。文士・関口や探偵・榎木津(えのきづ)らの推理を超え噂は意外な結末へ。

京極堂、文庫初登場!

(アマゾン公式より)

小説レビュー第一弾!

一発目は凄く迷います。

迷いに迷った挙句、私が人生で最も衝撃を受けた作品から参ります!

 

京極夏彦さん! 「姑獲鳥の夏」

 

昨今の「妖怪×ミステリー」は、全て、この人の作った奇跡の跡です。

若者に人気の「化物語」は? 

それこそ正に、京極さんの後追い第一号。

京極ショック! により急遽作られた賞こそ「メフィスト賞(講談社)」であり、西尾さんはそこのデビュー作家ですね。

京極ショックは、私の思春期ど真ん中の一大事件でしたので、「思い出補正」が相当に掛かります。

「総合評価 82点」は、現状歴代一位ですが、「2点」は思い出補正です。

 

それを差し引いても「時代を変えた」ラインの「80点」には余裕で到達します。

 

思い出たっぷりに考察していきます。

 

 
名探偵
ポイント① 書きたい事を、書き尽くす。誰もが憧れるスタイルさ
 
名探偵
ポイント② ミステリーの構成を確認すれば、ヒットの理由が分かるよ
 
名探偵
ポイント③ できそうで、できない。それが京極堂なのさ
 
 

では、ポイント①から見ていきましょう!

(今回、ちょい長いです。後、ちょいマニアックです)

 

(↑結局、小説読むのもこっちが楽)

 

ポイント① 凄まじい蘊蓄量!  

 

京極さんといえば、真っ先にこれが頭に浮かびます。

 

蘊蓄!

 

今回は「姑獲鳥の夏」をご紹介していますが、これはデビュー作です。

しかも、小説には珍しい「持ち込み」のデビュー作です。

小説の持ち込みが珍しいのは「長いから」の一点につきます。

漫画みたいに、一分で読めないんです。(漫画でよくある雑誌社への持ち込みシーンみたく)

普通は、持ち込んでも

「コンテストに出してくださーい」

で、門前払い。

仮に運よくデスクに届いてもシュレッダー行き……。

本作もそのような運命を辿る、予定でした。

しかし、そのデスク編集者、ある点に疑問を覚えます。

 

「このタイトル、なんて読むの?」

 

ブログタイトル含め、業と振り仮名を付けていません。

今では超有名作品なので、読める方も多いでしょうが、当時の普通人間は読めません。

私も「こかくちょう」と読んでいました。(それも正解なのですが)

とりあえず、編集者は「読み方」を調べるノリで読み始めます。

 

結果……。

 

完読!

 

「編集長! ヤバイの来ました!」
 

 

即発売!

即ブーム! 

 

すごく有名な伝説です。

何が凄いかと言うと、本作、「めっちゃ長い」のです。

通常の新人デビュー作の文量を、遥かに凌駕しています。

その後の京極作品は文量が増えに増え、ブロック並の厚さになります。次作「魍魎の匣」からして、既にブロックです。

そんな長い物語を、持ち込みで編集者が最後まで目を通してしまう程圧倒的に面白かったのです。

そんな長い物語が、ブームになったのです。

だから「メフィスト賞」は、最近まで「文字制限無し」でした。

京極さんのような逸材を逃がさない為に……。

 

では、何がそんなに長くなる原因なのか?

 

蘊蓄多すぎ!

 

ほぼこれです。

京極堂シリーズのキーワードに「憑き物」があります。

「憑き物とはなんぞや?」

の解説が、200ページくらいあります。

というか、ほぼこれの説明です。

本作、ジャンル的にはミステリーですが、ミステリーの結末も、蘊蓄で語った事の実証であり、読了後の作品イメージも「蘊蓄本」です。

 

只、それが凄まじく面白かった!

 

「え? そんなに自由に蘊蓄していいんだ!」

私が蘊蓄大好き人間になってしまったのは、京極さんのせいです。

 

面白ければ、どれだけ蘊蓄たれてもOK!

 

蘊蓄ガチ勢に、光を与えてしまいました。

京極さんが居なければ、私はこのブログを書ききれないでしょうし、西尾維新さんもデビューしていなかったかもしれません。

蘊蓄大好き勢には、本当に、光で、衝撃でした。

 

(文字めんどくせーよ! って方用↓)

 

ポイント② ミステリーの構成を、決定づけた  

 
少々、毛色を変えます。
構成を見ます。
「ミステリー」というのは、極端に下記の作法に別れます。
 
  1. 謎の解き方を、探偵が提示してくれる作法。「ヒーロー探偵」形式
  2. ホラーやサスペンス調の「雰囲気」を重視する。「ホラーミステリー」形式
  3. 謎ときパズル。「読者VS作者」の構図を持つ、「本格派」

 

大きく、この三つです。

 

「謎解き方法を探偵が教えてくれる」ヒーロー探偵

 

の代名詞は、「シャーロック・ホームズ」シリーズ。

ホームズシリーズの構成は概ね同じで、ワトソンがホームズを訊ね「こんな謎めいた事件があるよ」と事件を持ってくる。

ホームズ「どこが謎なんだい? 何も、人間だけが犯人とは限らないだろ?」

意味深な台詞を述べ、結果、蛇やガチョウが犯人でした! ってオチ。

↓「青いガーネット」。他、「斑(まだら)の紐」とか

 

②「雰囲気重視のホラーミステリー」。

 

これが、それ以前から、この当時も、なんなら今でも主流です。

代表は「金田一」シリーズ(横溝正史)。孫の「一ちゃん」シリーズも含めて良いです(天樹征丸さん他)。

ミステリー云々よりも、まずは「雰囲気」。

怖い都市伝説、逸話から始まると、概ねこれです。

やっぱり代表作はこれ↓(次回詳しく述べます)   → 次回

 

ミステリーパズル」形式。

 

代表例は「名探偵コナン」

他諸々ありますが、「本格派」ミステリーとか、たまに聞くと思いますが「本格派」の定義はこれです。

ちゃんと伏線を提示し、アイディアを物語の中に出し

 

「さあ、この謎が貴方に解けるかな?」

 

として、「読者VS作者」の知略対決をする。

これが「本格派」です。

 

 

では、本作「姑獲鳥の夏」はどうだったか?

極端に、

①「ヒーロー探偵」

②「ホラーミステリー」

の形態を取っています。

 

正直、謎解きとかに感心が向かわず、「探偵の解説」「妖怪の解説」がメインです。

その上で、「妖怪のシステム」が謎解きの伏線になっています。

システムとは、心理学の事です。

 

「人は見たい物を見、信じたいものを信じるのだよ」

 

は、ユリウス・カエサルの言葉ですが、ほぼ同じ解説を探偵役の京極堂から語られ、オチもこれです。

①の「ヒーロー探偵物」の形式です

加えて、特に本作はここがずば抜けて面白かったのですが、

 

「迷走する助手役」

 

所謂、ワトソン役が主人公になっています。

助手目線で様々な怪奇現象に混乱し、その泥沼に読者も引きずり込みます。

 

②「雰囲気」が、かなり強調されています

 

ここがあまりに強烈だった為、「ミステリー」というよりも「ホラー」を読んでいる感覚になります。

それが、本作のヒット理由だと推測します。

眩暈を感じるほどの没入感が、本書にはありました。

 

③のパズルゲーム系って、コナンがヒットしているように、今でも普通に人気があります。女性読者も多いです。

でも、小説の長編だとキツイのです。

ホームズもそうですが、基本は短編であり、長編になると途端に「② 雰囲気」作品に変わります。

ガチのパズルゲームを長編で愉しむ読者って、割合的には多くないと推測できますよね?

 

そこ。

 

あれだけ蘊蓄の詰め合わせしても、ちゃんと「売れる」要素に傾いている作品なんです。

だから、めっちゃ長い作品なのに、デビュー作で、即発売になり、即ヒットになりました。

 

京極ショック以降、彼の後追い作品が無数に生まれ、現在に至っています。

あれから二十年が経ちますが、こんな出来事は「京極ショック」以来、まだ一度も無いはずです。

 

 ポイント③ できそうで、できない! 

 

はい、私も高校生~大学時分、さんざんに影響されましたので、散々にパクりました。

「蘊蓄、こんなに語っていいの?」ショックは、今尚健在です。

でもね、これ、そんなに簡単な事じゃないです。

「蘊蓄」って、読者が一番嫌う、面倒くさい奴なんです。

 

「お前の蘊蓄なんか、聞きたくねーよ!」

 

が、大多数の世間の評価です。

この意見を超越し、それ以上の個性を見せつけなければ、決して読者は納得しません。

詳し過ぎる、プロの編集者が「読み方」すら分からない言葉でまくしたて、面白過ぎる説明で唸らせる。

 

これって、時代が一周回った頃に出てくる、反逆の狼煙なんです。

 

流行の波は概ね決まっていて、「変動」の後は「不変」が続きます。

「不変」に鬱憤が溜まると「変動」が生まれます。

この波の「変動」にアジャストする作品が、往々にして「大ヒット作」です。

本作は、まさにそのタイミングでもありました。

「またそのパターン? もう飽きたよ」

そんな、世間の声が溢れている時期でした。

 

因みに、当時の新鋭作家さんは、東野圭吾さん、宮部みゆきさん、ちょっと視点を変えて「踊る大捜査線」。

 

先ほどの区分けで書きませんでしたが「ハードボイルド」系列のニューウェーブは「踊る大捜査線」でした。

ね?

そういう時期だったんです。

平坦による鬱憤が爆発し、個性に舵切りする時代は、定期的に訪れるのです。

 

さて、近年。

新しい波は起きたでしょうか?

 

「鬼滅」が、それだったのでしょうか?

「異世界転生」が、それだったのでしょうか?

 

んん、

他のムーブメントが出てきそうな気配を感じていますが、皆様はどうでしょうか?

予測屋の私としては、

そろそろ、来るんじゃない?

ですけれども。

 


純文学ランキング