(honto)
ミステリーの大家、江戸川乱歩。
日本にミステリーを根付かせた第一人者であり、今尚不動の人気を誇っております。
数ある名作のうち、人気作を三作ご紹介します。
人気作というのもありますが、乱歩の独創性が十二分に発揮されている特徴があります。
乱歩ファンではなくとも、一度は読んでおくべきです。
唸ります!
江戸川乱歩の独創性
まずは作風を簡潔に述べます。
超人的な探偵「明智小五郎」が登場するヒーロー型推理小説
少年探偵団と「怪人二十面相」の戦いを描く少年ファンタジー。
どちらも、ドイル、ポー、ルブラン等欧米ミステリー全盛の時代ですので、多大な影響を受けており、日本へ輸入した作家が江戸川乱歩です。
只!
単に輸入したのではありません。
ここへ、強烈な独創性を投入します。
エロ、グロ、狂気。
一種のホラー作品を読んでいる感覚に陥ります。
人間のもつ狂人性。
それこそが、もっとも大きな謎だと言わんばかり(実際に小説内で何度も書かれています)。
同時期に活躍した盟友、二大巨頭の一人、横溝正史もホラー、恐怖要素を過分に含む作家で、日本ミステリー界の行く末を決定づけた作家でもあります。
特に、狂気性へフォーカスしたのが乱歩といえます。
そしてもう一つ。
大きな枠組みでのプロット構成と、エンタメ性
これを作品を通してみていきます。
屋根裏の散歩者
【あらすじ】
郷田三郎は、何事にも無気力で、人生が退屈で仕様がなかった。
そんなある日、明智小五郎という変な人物と出会う。彼は博識で、様々な事件の情報を持っていた。
三郎は、明智から聞く珍事、怪奇事件に心を震わせる。退屈だった人生において、唯一の刺激であった。
そして
「いつか、私も犯罪を犯してみたい」
この思いは募っていき、様々な小さなイタズラを開始する。
浅草公園で、戯れに壁に白墨で矢印を描き込んだり、意味もなく人を尾行してみたり、暗号文をベンチに置いてみたり、また労働者や乞食、学生に変装してみたりしたが、ことさら女装が気に入って、女の姿できわどい悪戯をするなど、「犯罪の真似事」を楽しみ始めた。
その頃、新築のアパートが建てられ、移住する。
自室の押し入れの天井が開くことを発見し、ついつい屋根裏へ登ってみた三郎。
屋根裏からは、全ての部屋に行くことができ、また天井の隙間から住人達の生活を盗み見ることができた。
異常な快感が、三郎に込み上げる。
そして思いつく「完全犯罪ができるのではないか?」
抑えきれない殺人衝動は暴発し、ついに、それは実行へと移される。
屋根裏から、寝ている男へ向けて、ぼとりぼとりと毒を垂らした。
次にあげる作品と共に、非常に人気が高い作品で、乱歩の代表作ともなっている作品です。
所謂「倒叙物」と呼ばれるスタイルで、犯人側の視点でストーリーが進みます。
乱歩作品では「心理実験」などもこれに当たります。
作者曰く、大苦戦した一作らしく、所々で抜けも多いです。探偵物としてもタブーがあり、本格派からは外されることもあります。
「着想の愛着から、なんとか書きあげた」ともあります。
この着想が面白い!
本格派の定義は「ちゃんとヒントを出して、ちゃんと探偵がそれに気づいて、ちゃんと謎解きする」です。
が、本作はちゃんとしてません。
ほぼ全て、犯罪を衝動的に行いたい人の感情に費やされています。
兎に角、人!
推理ではなく、人がどのように衝動にかられ、また罪を犯してしまった後の空虚、心労……これらに95%のページが割かれています。
何より面白かったのは、犯罪衝動が生まれたのは、「探偵に面白い犯罪話を聞いてしまったから」という、身も蓋もない出来事が原因なのです。
探偵は、自分で蒔いた種を、不運にも回収する事になります。
犯人の衝動、気分の高揚と下落などがビシビシと伝わり、非常にスリリングな作品です。
作品構造としてはストレートなのですが、倒叙物の醍醐味が随所に見られる名作でした。
(honto)
※人間椅子も代表作で、めっちゃ面白いです。
D坂の殺人事件
【あらすじ】
私は、馴染みの喫茶店で茶を飲んでいた。ここへ来る目的の一つに、向かいの通りにある「古本屋」の美人亭主を眺めることも含まれていた。
ここの喫茶店で知り合ったのが、明智という男だった。その日も、明智と会話をしながら、古本屋を眺めていた。
ところが、どうにもおかしい。美人亭主が店に顔を出さない。店番が居ないものだから、既に四回も窃盗を働く者が現れている。
どうにもおかしい。明智と私は古本屋へ向かう。
障子を開けると、美人亭主の死体があった。
捜査が始まるも、完全に密室だった部屋に犯人の痕跡が無い。
私は悶々と推理をし、証拠を探す。
そして、ある一つの結論へ辿り着いた。
「明智君、君が犯人じゃないのか?」
乱歩のプロデビュー作です。
こちらも超有名です。スタイルとして、「蘊蓄系」と私が勝手に読んでいるタイプです。
「人の記憶なんか曖昧」「見たと思っている物は、実は別もの」といった、今でも数多の推理小説でネタにされている蘊蓄が入ってきます。
他にもミステリー小説についての見解が述べられていたり、雑学パートが面白いです。
また、種明かしも雑学です。
書いてしまうと、病的にサディストの男性と病的にマゾヒストの女性が出会ってしまった挙句、エキスパートして殺害にまでなってしまった、というものです。
この辺りも狂気的で強烈です。
加えて、探偵が疑われる、という今では鉄板の展開も刺激的でした。
本作は、「屋根裏の散歩者」のように心情で物語が動くのではなく、ストーリーで動かすタイプになります。
ストーリーで動かすのは、一見簡単ですが、実は難しいです。心で動かした方が楽です。
色々な刺激物を使って読者を飽きさせない策を用意しなければいけないので、豊富なアイディアが勝負になるからです。
本作はそこに特化しています。前半は「密室崩し」で引っ張り、終盤は「探偵を疑う」で引っ張り、最後は「狂気」で引っ張ります。承にあたる部分では「蘊蓄」です。
起承転結の全てにちゃんと策が置かれていて、完成度が非常に高いですね。
ストーリーとしてサクっと読みたい方は、本作がオススメできます。
陰獣
私は、ある婦人に呼ばれて訪問した。
非常に美しい婦人は、脅迫されているという。彼女を脅迫する者の名を「大江春泥(おおえしゅんでい)」といい、有名な小説家である。
また人嫌いで、彼の顔を知っている者がいない奇妙な作家。
小説家である私のライバルでもあった。
大江春泥と婦人は学生時代に交際していたそうで、別れた後も付け狙われているという。そして近年、その執着が激しくなってきた。毎週のように手紙で脅される。
そしてある日「お前の旦那を殺す」と脅迫され、その通り、婦人の亭主は明け方に川の桟橋に死体として引っ掛かっているところを発見される。
私は、なんとか推論を導き出した。
「大江春泥は、あなたの亡くなった主人です」
大江春泥と主人が居なくなり、未亡人となった婦人と私は、逢引を重ねるようになる。
だが、ひょんなことから、私の推理に重大な欠陥があると知ってしまう。
これを整理し、紐解くと……。
意外な犯人像が浮かび上がってきた。
はい、マイフェバリット乱歩作品です。
他にも好きな作品はありますが、頭一つ抜けて大好きな作品です。
実は今回の記事は、この作品だけ書くつもりでした。
が、上記二作が無いと面白さが半減するので、付け加えたのです。
本作、自主パロディ作品です。
本作に登場する謎の小説家「大江春泥」は、江戸川乱歩をモデルにしています。自身をパロディにして犯人役で作品に登場させています。
ですので、既存作品の小ネタが多く登場します。特に「屋根裏の散歩者」からは引用が多いので、まずは本家作品を読んでからの方が楽しいです。
加えて、乱歩は探偵役ではなく「頭のおかしい陰気な小説家」として描かれていて、この自虐も面白い要素です。
「推理小説家が実際の犯罪を考えるとこうなります」というメタフィクションも含まれています。
更に、構成も凄く良い。
前半はストーカーに追われるサスペンス。
そして「転」が二度出てきます。一度目の推理と二度目の推理です。
厳密には、一度目の推理は「プロットⅡ」という転の前に置かれる三幕構成の作法。
最終的な「転」は、真犯人の推理。
よくいう、二転三転でストーリーを二度も展開させます。
その間のつなぎも良い。
探偵役の小説家と婦人の二人が恋に発展するのですが、これがあるが故に、最終的な謎である「犯人の真意」が無限に想像できるんです。
余韻ができます。
実はこの最後には賛否あって「最後の真意をちゃんと書くべきだ」派に押されて、一度そのような形で出版されています。
が、結局は、元の謎を謎のまま残す形が今でも販売されている形式です。
謎のままの方が良い。個人的には……。
シナリオで最も大切な点は
「良い裏切りをして、悪い裏切りをしない」
お手本のように素晴らしいシナリオ展開でした。
まとめ
三作ご紹介しましたが、乱歩の最も優れている部分は、読者を飽きさせない工夫をこれでもかと投入してくるところ、にあります。
これは同志、横溝正史も同じで、謎解きをメインとする「本格派」に拘りが少なく、面白くする為にはあらゆる手段を使います。
読者を楽しませること! それがまず第一。
この精神が非常に強く顕れている作家さんだと感じます。
江戸川乱歩も横溝正史も、クセの強い作家と思われている節がありますが、実際に読んでみるとそうではありません。
何よりもエンターテイメント性を重視していて、分かりやすく読みやすいです。
売れるべくして売れている巨頭かと思います。
多くの作品が中編程度ですので、一時間もあれば一作読めます。
かつ著作権フリーなので、サブスクで読める場所も多いです。
ミステリー、サスペンス、ホラーが好きな方は一度読んでみて欲しいです。